半泥子のダンディズム
講談社文芸文庫 私の一冊 21
松岡正剛
イケコロシという技がある。妖しい技の名のようだが、そうではない。轆轤さばきの技のことだ。急所だけに力を入れてあとは気を抜くようにして轆轤を使う。それをすばやく繰り返す。たとえば茶碗の高台を締めて力を引き受けさせ、次に腰を張らせて力を持たせたらすぐに緩め、いよいよ呑み口にかかったらキューッと攻めて一息に仕上げる。それがイケコロシだ。半泥子はそれが絶妙にうまかった。
ぼくは粉引茶碗の『雪の曙』や刷毛目の『一声』を見て以来、ずうっと半泥子を偏愛してきた。むろん買ったりはしない。知人や友人にはいろいろコレクターがいて、しばしば自慢げに持ってきてくれるが、ほしくはない。ひたすら見たり触ったりして味わうだけだ。
半泥子はしばしば「光悦の再来」とも「乾山はだし」とも言われるけれど、そういうふうには思わない。半泥子は半泥子そのもので、その作陶は一から十まで「遊」なのである。それも好き嫌いに徹した「遊」だった。たしかに乾山や光悦を好んだが、それより志野や唐津や井戸茶碗のころびをおもしろがり、仁清やノンコウや京焼などをぴしゃんと嫌っていた。こういうところが気持ちいい。
そういう自分のことを半分は泥になじんだ男として半泥子と名のり、作業場を泥仏堂と名付けた。三重県の百五銀行の頭取まで引き受けながら、五〇歳を待たずして土や泥と遊んで陶芸に耽ったのである。その耽りかたがまことに粋だった。この一冊にもそういうダンディズムの片鱗が滲み出ている。荒川豊蔵や金重陶陽を支援しつづけたことも忘れがたい。
松岡正剛
編集工学研究所所長。京都生まれ。システム開発、企業プロデュース、地域文化再生など幅広く手掛ける。『松岡正剛 千夜千冊』『知の編集術』他著書多数。
『随筆 泥仏堂日録』
「東の魯山人、西の半泥子」と並び称された一流の風流人、川喜田半泥子。
数奇の作陶家の陶芸論を中心とした、遊び心溢れる貴重な随筆集。
川喜田半泥子 ●定価:本体1300円(税別)