講談社文芸文庫

24人の読み巧者が選ぶ 講談社文芸文庫 私の一冊

奥泉 光

桜島・日の果て・幻化

桜島・日の果て・幻化

著:梅崎 春生,

解説:川村 湊

発行年月日:1989/06/05

処女作「風宴」の無為と高貴の奇妙な並存。「桜島」の極限状況下の青春の精緻な心象。そして秀作「日の果て」。初期秀作に照応し連環する名作「幻化」を収録。

桜島・日の果て・幻化

著:梅崎 春生,

解説:川村 湊

生々しい感触

奥泉 光

 文芸文庫で印象に残ったものはいくつもあるけれど、ひとつと云うことならば、梅崎春生『桜島・日の果て・幻化』をあげたいと思う。梅崎春生は若い頃にちらりと読んで、いまひとつぴんとこなかったのだけれど、数年前、自分がホストを務めた「戦後文学を読む」と云う、「群像」誌上の合評シリーズで梅崎春生をとりあげることになり、丁寧に読む機会を持ったところ、大いに感心させられたのだった。

 たとえば「桜島」について云うなら、数多ある戦争体験を描いた作品のなかで、際立って生々しい感触を伝えてくることに驚いた。それは戦場や軍隊の体験が迫真の筆で描出されていると云うのではなく、体験が体験のままに、言葉でもって十分に捉え返されぬままに、いわば「生」の形で提出されている印象で、だからその描写は、多くの戦争小説、軍隊小説がそうであるような恐ろしさ、息苦しさは必ずしもなく、しかし夢幻的とも云うべき疎隔感と、それと裏腹の不思議な切迫感に満ちて、「物語」に回収されきれぬ出来事そのものの感触とも云うべき何かに自分は痺れたのだった。

 梅崎春生は戦争体験を材にしたもの以外にも優れた作品が多数あり、本書収録の「幻化」などもそうであるが、ほかに『ボロ家の春秋』『狂い凧』などが文芸文庫の陣容に含まれている。独特の皮肉と諧謔ある小説作品は、他の戦後派作家とともに読まれて然るべきではないかと思う。ちなみに『戦後文学を読む』も文芸文庫に収録されています。

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奥泉 光

作家。『ノヴァーリスの引用』で野間文芸新人賞、「石の来歴」で芥川賞、『神器──軍艦「橿原」殺人事件』で野間文芸賞、『東京自叙伝』で谷崎潤一郎賞を受賞。

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『桜島・日の果て・幻化』
梅崎春生
 ●定価:本体1200円(税別)

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