講談社文芸文庫

24人の読み巧者が選ぶ 講談社文芸文庫 私の一冊

保坂和志

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発行年月日:1970/01/01

月光・暮坂 小島信夫後期作品集

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小島信夫の晩年の短篇の流動性

 私はもう何年もこのところ、自分の書くものが広がりがなくなった、動きがなくなった、どよんとしてきた、と感じると『月光・暮坂』を読む。読んでは、なんでこんなことが小説になるのか驚く。いったい、いつのまに小説になってたのか! この切迫感は何だ? と思っていると、突如、笑いが弾ける。私は小島さんが生きていたあいだ長篇のことばかり話題にしたが亡くなれて二、三年した頃、亡くなられる直前に出ていたこの文庫を読んで、小島さんの晩年の短篇の、長篇とは様相を異にする運動性に気づき、このことをご本人に話せなかったことが激しく悔やまれた。

 文庫中『ブルーノ・タウトの椅子』というのはわずか22ページだが、不思議な躍動感がある、というか作品が動きつづける。こんなことを数え上げるのは本当は無意味だが、登場する人を書き出すと話題の中だけに出るブルーノ・タウトと石川淳も含めて14人になった、時間は、夏〜九月半ばすぎ〜十月〜その四、五ヵ月前〜十月と跳び跳びして、タウトの「昭和十年か十一年」、石川淳の昭和十四年にもなる。小島作品では話題が話題としてカッコ内に収まらず現在時と同じになる、だから読み手としては位置が定まらず落ち着きが悪く、そこから動きが生まれる、というのは私が気づいた一端だが全貌は全然わかっていない。

「こういうわけで、マネジャーと自称している妻とその夫の私と、それからUとOと、昨年の九月の半ばすぎ、夏以来ずっとぐずついていた天気が、依然として今になっても続いていてすこしも秋らしくない一日、高峯高原へ向けてのぼりはじめたところにあるT木工所を訪ねた。」(186ページ)

 この文を一読してわかる人がいるだろうか? 耳で聞くだけなら絶対わからない。「妻とその夫の私」だけでなく時間も場所もなんだかすごく迂回する書き方をしているが、小島さんの思考回路はこうなっていたに違いない。そして過去の話題になるといつ元の時間に戻るかなんて遠慮しない。

 小島信夫は特異な書き方によって、他の作家がどれだけ決まりごとに従順か、書くことがどれだけ自己抑制を強いることか! を私に教える。束縛・従属・自己規制……小島信夫ただ一人だけが、それらから自由だった!

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月光|暮坂 小島信夫後期作品集

かつての作品の引用から、実在する家族や郷里の友人らとの関係のなかから、常に物語

が増殖しつづける〈開かれた〉小説の世界。『別れる理由』以降の作品を中心に自選。

小島信夫 ●定価:本体1400円(税別)

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保坂和志

作家。『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、『この人の閾』で芥川賞、『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞、『未明の闘争』で野間文芸賞をそれぞれ受賞。

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