講談社文芸文庫

24人の読み巧者が選ぶ 講談社文芸文庫 私の一冊

宮城谷昌光

文芸時評

文芸時評

著:川端 康成

発行年月日:2003/09/10

「永井荷風氏の『つゆのあとさき』」、「谷崎潤一郎氏の『春琴抄』」他、昭和六年から
十三年の時評を収録。激動の時代、文学は何を映すのか。天才作家の批評眼が冴える。

文芸時評

著:川端 康成

川端康成の最高傑作

川端康成の『文学時評』は、新潮社の全集で、そのすべてを読んだ。十年まえのことである。読了したあと、もしかしたら、これが、川端康成の最高傑作なのではあるまいか、という感想をもった。最近、その意いが強くなり、ふたたび本をひらき、ノートをとりながら読むようになった。はっきりいって、これほどおもしろい読書はめったにない。

 以前、川端の時評のおもしろさをひとりの編集者に語ったところ、

「忘れられた作家の聞いたこともない作品について書かれたものが、そんなにおもしろいですか」

 と、軽くいなされてしまった。おなじように問われることを恐れたがゆえに、講談社の文芸文庫の編集部は、川端の評論を『文芸時評』とわずかにタイトルを変え、全集では大正十年からはじまっているものを昭和六年からはじめる形にしたのであろう。つまり大正の作家より昭和の作家のほうが親しみやすい、と配慮したとおもわれる。ちなみに昭和六年の時評にとりあげられた作家名をたどってゆくと、正宗白鳥、水上瀧太郎、萩原朔太郎、十一谷義三郎、永井荷風、室生犀星、尾崎士郎、藤沢清造、横光利一、大佛次郎とつづいてゆく。かれらについて、よく知っている、と豪語する人は、たいしたものである。では、そのあとにとりあげられている伊福部隆輝、下村千秋といった作家は、どうか。私なんぞはそれらの作家を、川端の時評でしか知らない。かれらは称められようがけなされようが、川端の時評のなかで生きつづけている。一見、川端の批評眼は冷徹であるが、その底に情熱が滾々と湧いている。かれの根元には日本文学を愛する心がある。たとえばつぎのような文は、どうか。

「どの作品にも窮屈さが見えるのであるが、その苦しみを切り抜ける作家的覚悟のだらしなさが、作品を力ないものにしてしまっている」

 私はそのきびしさがむしょうに好きだ。

文芸時評

「永井荷風氏の『つゆのあとさき』」、「谷崎潤一郎氏の『春琴抄』」他、昭和六年から十三年の時評を収録。激動の時代、文学は何を映すのか。天才作家の批評眼が冴える。

川端康成 ●定価:本体1600円(税別)

宮城谷昌光

小説家。『天空の舟』で新田次郎文学賞、『夏妃春秋』で直木賞、『重耳』で芸術選奨文部大臣賞、『子産』で吉川英治文学賞。作品に『三国志』『孟嘗君』『劉邦』ほか。

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